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Zeebra PRESENTS OFFICIAL MAILMAGAZINE
『 Hardcore Flash Extreme 』
October 03 ,2011
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世界中のMy People調子はどう? 俺がジブラ・ザ・イルスキル。
My ManのOhnoさんがまた雑誌に戻るということで、久々に連載コラム始めるぜ。
何をやろうか考えた結果がこれ。
Back 2 Oldskoolに、Ohnoさんが編集長だった頃のFineで完ちゃんがやってた
「Hard Core Flash」を復活させる事に決定!
記念すべき第一回目はオリジネーターである高木完氏との激レア初対談!
『 HARDCORE FLASH 』とは ======================
日本におけるヒップホップ第1世代の高木完が'90年代に雑誌「Fine」にて担当
していた連載が『HARDCORE FLASH』。2008年7月、当時Fineの編集長だった
大野俊也が創刊したフリーマガジン『FLJ』で、この『HARDCORE FLASH』を
Zeebraが継承するするコンセプトの下、連載がスタート。高木完とZeebraによ
る同タイトルのイベントもスタートした。
高木完 (Profile)
1961年逗子生まれ。1979年にPUNK BAND『FLESH』参加。以後、東京ブラボー、
タイニーパンクス、MAJOR FORCE等を経て、1991年にソロアルバム
『フルーツ・オブ・ザ・リズム』をEPIC/SONYよりリリース。
プロデュース、参加プロジェクトは多岐、多数。様々な人、音楽、土地、
自然からの影響を独自のフィルターを通して引用及び編集し、音と言葉と文章
で、時には愛を時には怒りをそして時には笑いをこめて表現する。
http://twitter.com/kantakagi
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完ちゃんは当時どういった経緯でHARDCORE FLASHを始めたんですか?
<完>
きっかけはファンケンクラインですね。当時、ファンケンクラインがSOURCE
マガジンで「GANGSTA LIMPIN」っていうエッセイを書いていて、それを日本の
Fineマガジンでも始める話がまとまってきて、そこで僕も日本サイドとしてヒップ
ホップを紹介するようなことをやりたいなと思って。当時は日本のヒップホップが
面白くなってきたのもあるけれど、ちょうどパンクとヒップホップがくっついたよう
なものが出てきた時期で、ボディ・カウントが出てきたり、アンスラックスとパブリ
ック・エネミーが一緒にやったり、ビースティ・ボーイズもバンドになってきたりし
てた。それでそういうのをまとめてやりたい、あまり他で紹介されてないものを
紹介していきたい、みたいな気持ちで始めたんだよね。
(藤原)ヒロシと宝島で『LAST ORGY』っていう連載もやってたんだけど、
ヒロシが辞めるってなって、僕の方はどんどんヒップホップが好きになっていって、
それで一人で『LAST ORGY』をやってたんだけど、それもなくなって。それで
大野くんと会ったらまた触発されるところがあって。面白グッズなんかも紹介して
いこうって話になった。
ゲットしたプロモ・グッズを出したり、世界中のヒップホップのチャートも紹介して
いったんだよね。当時、ヒップホップとパンクは違うものだと認識されてたけど、
DJプレミアとかも昔パンクが好きだった、みたいな情報が入ってきたりしてて。
ちょうどヒップホップがメディアからの情報だったものが、一気にストリート感が
出てきた時だから、タイミングも良かったんですよね。
<完>
MAJOR FORCEの工藤くんとかトシちゃんはみんなロンドンに行っちゃって、
僕も一人になって、スチャダラパーもブレイクする前で、何となくCAVEとかで
DJをまた始めたり、MAJOR FORCEの後でだんだんまたストリートな感じで
みんなとヒップホップをやってたんですよ。ECDとかも一緒だったし。
完ちゃんがヒップホップ・アーティストとしてレコード・デビューした頃ですよ。
第1回目はフルーツ・オブ・ザ・リズムで撮影しましたから。
<完>
ヒップホップ・ギアもようやく日本で買えるようになって、代官山のデタント、
東京堂とか、DJ'S CHOICEとかで置き始めてたから(笑)。
<Zeebra>
(笑)デプトストアの一角とかですよね。
<完>
そんな感じで最初はやってたんだけど、一旦みんなやめちゃったんだ。
その後になってちょうどプロモ・ビデオもヒップホップのがどんどん出てきた時
で、洋服とかもカラフルなギアがNY行けばいっぱい売ってたりした。
TRIPLE FIVE SOULみたいなブランドも出てきて。
<Zeebra>
TRIPLE FIVE SOULは日本進出した時に俺とKEN-BOと(真木)蔵人で
(広告等に)出てましたよ。最初はあの帽子ですよね。
<完>
ジャマルスキーがつなげてたね。それでそういうみんなが紹介していないも
のを紹介したいって話をしてたんだよね。音楽にしてもそうだし。スパイク・リー
も映画を撮り始めてたり、面白いヒップホップ映画とか、たくさん新しくて面白い
ものが出始めてきてたんだけど、それが紹介しきれてないよね、って話してて。
ファンケンクラインのページは文章とか難しめだったから、僕の方はわかりやす
く紹介していこう、みたいな。で、連載を続けていくうちに、どんどんカッコいい
ラッパーが出てきたりして、そこでキングギドラやマイクロフォンペイジャーなん
かも知ることができたんです。
<Zeebra>
「タモツさんとこでデモテープを聞いたら良かった」みたいな感じで書かれて、
初めて活字でキングギドラっていうのを紹介されましたね。
<完>
僕はUZI君もメンバーだと思ってたんだよね(笑)。
UZIとZeebra君、K DUB SHINEの3人でキングギドラだとずっと思ってた。
頭が3つでキングギドラで、スゴくカッコいい名前だなあと思ってたんだよね。
DJ OASISも入れてキングギドラだとは思ってなかった。
<Zeebra>
(笑)当時、HILL THE IQっていう『悪名』に1曲参加してるアーティストがいて、
UZIとたまたま中学が一緒で。で、RホールでHILL THE IQが、
「俺、MUROさんにデモテープ聴いてもらうんだよね」って言ったら、
UZIが「そんなのダセエよ。キングギドラが一番だよ」みたいなことを言ったらし
くて。で、それをRAHAが聞いてて、それがタケジに伝わって、で、そこから
マサオに伝わって、それでマイクロフォンペイジャーVSキングギドラみたいな
構図が出来上がったんですよ。それでマサオとバトルしたんだもん、いきなり。
<完>
マイクロフォンペイジャーが出始めてきてて、雷もまだ出てきてないかで、
初めの頃だったよね。雷には入ってたの?
<Zeebra>
雷には入ってないですね。アサヤンの時とかは俺はやってなくて、
MUMMY-Dがやってましたね。
<完>
そうだ、覚えてる。全員パンスト被ってたもんね。この話、わかるかな、
みんな(笑)。
<Zeebra>
アサヤンとかは本気で誰かYouTubeにアップしてほしいんですよね。
あれはマジでヤバかった。あと、実はラッパ我リヤとかも出てたし。当時、
CAVEで火曜日のKEN-BOの時にフリースタイルやってた時に、ラッパ我リヤの
QがMCやらせてくれって言ってきたから、マイク貸したら、8分間くらいラップ
やめなくて。それで俺も怒ってきちゃって、「マジいい加減にしろ」みたいに
なっちゃったのが最初ですね(笑)。俺、生まれて初めてマイク握ったのがCAVE
の土曜日だったと思うんですよ。スチャダラパーとGAKUとかでフリースタイル
になってマイク回したのが最初だったんですけど、それもスゴく記憶に残って
ます。
<完>
当時CAVEはテクノがメインだったんだけど、'93年くらいからヒップホップ
やレアグルーヴとかも取り入れてたよね。で、MCでめちゃくちゃ上手いヤツが
いるってのが噂になってて、それがZeebra君で。で、当時僕のマネージャー
も「絶対Zeebra君のマネージメントをやりたい」って言ってたのをスゴく覚え
てる。
<Zeebra>
当時、彼女はCAVEの火曜日のパーティのオーガナイズもしてましたもんね。
<完>
その頃はもうHARDCORE FLASHは終わってたんだっけ?
<Zeebra>
いや、まだギリギリやってたと思いますよ。マイクGのお店の紹介とかやっ
てましたもんね。BEHIND THE BUSH。当時はマイクGが店やってるってのが
ヤバかった。
<完>
ZeebraはHARDCORE FLASHのどんなとこが面白いと思ってたの?
<Zeebra>
俺は’92年の21歳の頃、元々『LAST ORGY』をずっと見てて、そこから間が
空いてたから終わっちゃったのかなって思ってたら、FineでHARDCORE FLASH
が始まった。その時に、イメージとしては、例えばアンスラックスとパブリック・
エネミーだとか、ヒップホップもロックも混ざった感じをクローズアップしてたり、
当時、日本のシーンを切り取る雑誌とかが全然なかったけど、それをやってたり、
コネクションを使った、普通じゃゲットできないような情報が載ってるなと思ってま
した。今回のこの連載で、理想としては、当時の自分みたいなヤツらが出てきて
ほしいとも思いますね。俺はここで是非紹介したいし、紹介されたことを何かにし
てほしいな。
俺は自分が掲載された1ラインがスゴいパワーになったから。
当時の俺って、あまりいい環境じゃなかった時期があって、家族にも迷惑をかけ
てた時期だったんだけど、「半年だけ時間をくれ。その間に何か形にするから」
って言って、今まで以上に濃い時間を過ごして、デモテープもバンバン作ってた。
それでちょうど半年目くらいに、HARDCORE FLASHで紹介されて初めて形に
なったから、それを家族に見せて。「雑誌に名前が出たぜ」って言って、
「もう少し自分の活動を見ていてくれ」って言って、始めたから。やっぱり、今の
若い世代にとってもそういう存在でありたいなと思ってますね。
今は当時と違って、メディアもたくさんあるけれど、ど真ん中というか、下手な
ものは紹介しない。あと今回、俺がここでやりたいと思ったのは、
YOU THE ROCK★とか、当時元々繋がってたヤツらがHARDCORE FLASHを
継ぐのは普通のことだと思うんだけど、俺がやるから面白いのかなと思ってます。
<完>
何か、今でいうブログ感覚で連載してたのかもね。例えば、クイーン・ラティファ
やデジタル・アンダーグラウンドと一緒に撮った写真を載せたら、ソニーに超怒ら
れたもん。勝手に載せるなって(笑)。今のブログと同じだよね。
To Be Continued...
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